私が寝る間も惜しんで、精一杯努力していた、あの日

1990年ごろから数年、私は「奄美の戦後史」の聞き取りと機関紙「さねんばな」の発行に夢中でした。奄美の復帰40周年を迎え、島の人々はこのままでは島がダメになるというような危機感を抱いていたように思います。40周年を機にもっと活力ある島にという意識の芽生えと同時に、戦後の苦労話を次世代に伝えなければという空気が流れていたと思います。

そんな折、私はある人と出会いました。戦後すぐのころ、奄美群島はアメリカの軍政府だったわけですが、そのとき名瀬中学校の先生だった方が、密航をして島の子供たちのために教科書を調達してきたという話をお聞きしたのです。
ご近所に、その方は住んでいました。いつも奥さんとおしゃべりをしていたので、何気なくお話を伺うことになりました。それはその後の私の人生を、寝る間も惜しませる結果をもたらすことになろうとは・・・そのときは知る由もありませんでした。

深佐さんというその方のお話のすごさに私は身震いをしていました。そして次から次と語られるいろいろな人にお会いしているうち、この話は記録しておかなければならないという義務感のようなものに突き動かされたのです。そして私は覚悟を決めたのです。
それから数年間は、ほんとに眠る時間もなく、およそ100人ぐらいの人から聞き取りをし、雑誌を編集し、販売をし、雑誌の印刷費を捻出するために広告をもらいに走りと、まったく恐ろしいほどのことをやってしまいました。
あれはなんだったんでしょうね。と今はとても懐かしいし、あの時間が私の人生にあったことは奇跡のような気がします。
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by satake2007 | 2007-08-11 21:43  

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